Thursday, June 17, 2010

カナダ漂流記2

行ったこともない国なので右も左もわからないけど、とにかく一旗あげるべく片道チケットを握って出発。
まあ、お金さえあればなんとかなるかなあ、となけなしの貯金をお腹の下にしのばせる。
長い飛行はひたすら寝るに限る。問題は迎えに来てくれる人がいるのだがどっちもあったことがないために一体ちゃんと遭えるのかどうかが疑問。しかし、空港は小さく、日本人らしき人物は私のみ。70代くらいの老夫婦が私を待っていた。カルガリーについて次の日に私は外を走りに出た。遅い秋の季節に全ての木々が黄色と赤に変わって葉っぱがいたるところに舞っていた。そんな黄金色の昼下がり、私は柔らかい土と葉の感触を足の裏に楽しんでいた。突然なにか塊のようなものがあがってきて、心の中に、”ここだ、ここが私の来るべき土地だ”、と強く感じた。軽い運動と新たに沸いてきた確信に安堵した私にはこれからのここでの将来がとても明るいものに見え始めた。

さて、私は10月の2日に上陸。実は私の旦那との出会いは私のカナダ漂流記のごく始まりにすでにおこっていたのだ。10月31日に独身者のハロウィーンダンスがあった。同じワードに集う男の子の一人が彼の友達をダンスに誘うように私に提案してきたが彼は19歳、これはどう考えても犯罪だろう、と思った私は女友達と行くことに。ところがダンスの直前に連れて行ってくれるはずの私たちの友人は他のプランがあるから、ということで断りの電話が。やっぱり女友達より男か。日本人二人では方向もわからずにっちもさっちもいかない私たちはその金曜日は二人で映画でも見ようかと話していた。彼女がうちに来る前に暇になった私は他の友達に電話していた。その友達はその夜ダンスにデートにいくはずであった。よく考えれば、電話をデートの最中にするなんてかなりの非常識だが、自分が暇をもてあましてるときは人間はあまり細かい事は気にしないようにできているらしい。話しているうちに私たち女の子二人で暇をもてあましているのはあまりにも可愛そうだと同情されたらしく、ダンスまで連れて行ってくれるとのこと。人から同情を受けるのはあまり気が進まないが、自分にとって利益となるならなぜか気にしなく出来ているのが人間。土台私たちはみんなとてもいい友人だったのでまあ、お言葉に甘えて、ということで待ち合わせを予定する。多分ブランドンは後からこの親切を後悔しただろう。実際会場に着いたのはもう11時近かった気がする。行くの車の中では私一人がべらべらしゃべっていた。誰もしゃべっていないと気まずいと思って気をつかったつもりだったがそれがよかったかどうかは謎。二人の邪魔をしないよう、とデートの二人をおいて私たちはさっさと会場に駆け込む。よく知らない人達とダンスし写真をとり、食べてしゃべって笑いまくっているうちになぜか時間はもう1時近く。気が付くとデートで楽しんでいるはずの二人がなにやら私たちを待っている様子なのに始めて気が付く。すっかり陽気になった私たち(少なくとも私は)帰路に着くことに。もちろん帰りの車でしゃべりまくってるのは私。このあたりでようやくブランドンは札幌伝道部ということを発見。同じ伝道部ということで懐かしい話もでた。ブランドンは女の子を全て家に無事に送って家に着いたのはもう時計が2時半を回った頃。もう絶対こんなサービスはしないと心に誓ったらしい。

この後、二人の接触はあまりなく、顔を見るといえばインステくらいであったが、特にお互い会話を交わすということはなかった。まず、私はブランドンが私に興味があるとも思ってなかったし、そんなに積極的に男性と親しくなろうという気もさっぱりなかった。これ以上デートで人生を無駄にする気が起きるにはもうちょっと時間が必要だった。まずは男より金だろう、というのが私のもっとー。ダンスから一週間はんくらいたった水曜日、インステの帰りにブランドンはひろみちゃん(デートにいったこ)を待っていた。暇をもてあました彼は私と挨拶をするくらいの余裕と時間があった。ブランドンの従兄弟スコットも丁度いて、紹介された私たちはしばらく話している間にブランドンはひろみちゃんを探しにいったりきたりしていた。ブランドンとひろみちゃんがどのくらい仲良かったかはあまり知らないが、インステの先生がひろみちゃんは日本人だし女の子だから誰かちゃんと家まで送ってあげてください、といったときに何故か自分がしなければ、と強くおもったらしい。スコットと20分くらい話した後で、従兄弟は帰り、戻ってきたブランドンと北海道の話に花が咲き始めた。そんなんでひろみちゃんが戻ってくるあたりにはすっかり盛り上がった私たちはそのまま車へ。思い返せばあったばかりの人の車の助手席に乗るということや、デートにまで行ったひろみちゃんが何故後ろに座ったのかは謎といえば謎だが、何事も気にしないのが私のいいところだろう。まあ、強いていえば、彼女のいない間にすっかり仲良くなっていた私たちをみて気分を害したのか彼女は怒っている様子だったので、私たちは二人の会話に戻る以外なかった。その晩、ブランドンと話していてとても楽しかった記憶がある。

実はこの2~3日前に私は大家さんに追い出され次の家に移っていた。追い出されて移った先がブランドンのいくワードと同じであるということは送ってもらったときに発見。しかし、私はまだ前のワードが好きでそっちに何週間か集い続けたが、ひろみちゃんがあれから私に同じワードにいたくないというようなことを毎週言われて、ちょっとむかっときた私は結局ブランドンのワードに集うことにした。思い返すに、実はブランドンと同じワードに集うというのが私たちが付き合うきっかけの大きな鍵となった。

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